映画『マリー・アントワネット』を観た
不思議な映画でした。
マリー・アントワネット
まず一言、とても愚かしい女性だな、と。
ただ与えられたモノを消費し、望んだモノを消費する。
手に入らないモノなどなく、望むモノは全て手に入れた。
14歳で結婚、18歳で即位、
豪華なヴェルサイユに暮らす孤独な王妃の物語。
まさにこの通りの物語を魅せて貰いました。
ただ、『孤独』という点に関しては違ったとは思いますが。
彼女にのみ焦点を当て、生き様を魅せて貰ったって感じです。
あくまで魅せて貰った。であって、理解出来た訳ではありません。
彼女がヴェルサイユでどの様に過ごしたか、これを画面の向こうにいる女性がホントのマリー・アントワネットだと錯覚し、彼女の生きた道のりについてアレコレ余計な事を考えてしまうくらいのリアルさで見せて貰ったのです。
そして、ただ見ただけで、彼女の考えは推測するしかない。これは現実でも同じことなのでよりリアルに観れた要因ですね。
彼女が何を感じ、どう考えたのかは全く分からない。
その夫であるルイ16世も、彼女の愛人のフェルゼン伯爵も同様。
彼女らは一言たりとも己の心情を語ることは無かった。
その、最後の時を迎えるまでも。
しかし、不思議と推測は出来た。
寂しいのだろうな、悔しいのだろうな、楽しいのだろうな、と。
つまりは、彼女もただの人間だということをより認識出来た。
正に姫なので、幼い頃からなに不自由なく過ごしたのでしょう。
フランス皇太子に嫁ぐ事になって、実家を離れる事になるので最初は寂しかったでしょうし、慣れない事もあったでしょうから、同情を覚えた。
しかし、人はどのような状況になっても次第に慣れる。
そして彼女は皇太子妃。
周りは自分を大事にしてくれるし、楽しませてくれる人たちばかり。
夫が夜の営みをしてくれないとの王族にとっては重大な悩み事を抱えるが、それを消費にて転換する。
これは多少の同情の余地はあるかもしれない。
しかし、悩みがあったら享楽に落ちても良いのか。
それは色んな考えがあるとこでしょうが、彼女は出来た。
そして、兄の助けで、夜の営みの問題も解決し、子宝にも恵まれた。
しかし、彼女は享楽と消費をやめようとはしなかった。
むしろ悪化したと言っていい。
そして、待望の男子にも恵まれ、王が崩御したことで、王の愛人とゆう嫌いな人間も消え、悩みが減り、王妃になった彼女の行動可能な事は本当に際限が無くなった。
王子にも恵まれ、欲しいままに出来る様になったら、今度は男に手を出す。しかし、彼女に悪いことをしているつもりは全く無かっただろう。手に入るからする。やりたかったから、やれたからやった。
美味しいお菓子を食べ、豪奢に髪を整え、華やかな衣服を着、可愛い靴を履く。それと全く変わりないことだと言わんばかりに。
愛人がいなくなったら彼を想い、寂しがる。
ギャンブルに身を投じ、金は使いたい放題。
まさに自分勝手に気ままに生きた。
そして最後は貧困にあえいだ民衆の叛乱にてヴェルサイユを後にする。
同情の余地はあるのかもしれない。
彼女の世界はヴェルサイユ宮殿だけであり、彼女はその世界のお姫様だったのだから。
しかし、彼女は気付けなかった。気付こうともしなかった。
ヴェルサイユの外にも世界があることを。
彼女の金遣いの荒さで国の財政がひっ迫し、国民が貧困にあえいだ。そして原因の彼女を揶揄ッた醜聞が世間を賑わす。
かの有名な、
「パンが無ければ、ケーキを食べればイイのに。」
彼女は、それを知り、嗤った。
「そんな事、言うわけ無いじゃない」
と。
ただそれだけ。
その言葉が流布している意味を考える事も、自分の行動を鑑みることもしようとすらしなかった。
その有名な言葉を本当に言ってたよりも遥かに、愚か。
だが、それだけに、とても魅力的なお姫様。
そんな感想を持ちました。
とても豪華なセットを使っていて、とても綺麗でした。
ヴェルサイユ宮殿の豪華絢爛な様は流石です。
シャンデリア・椅子・ベッド・庭。全てが華麗。
その中で生活する人々の服装などの装いもとても華やか。
特にマリー・アントワネットを筆頭に女性陣の服装の可愛さと華美さといったら言葉が出ないほど。
そのマリー・アントワネットを演じる女優さんもとても綺麗で魅力的で素晴らしかった。
角度と写り方によっては微妙なとこもありましたが、彼女は正にマリー・アントワネットでしたね。
その娘の役の子がとても可愛らしくてこの世の者とわ思えない程。まさに小さな妖精って感じで、あまりの可愛らしさに彼女も絶賛しておりました。
この映画は、マリー・アントワネットの生き様を観て、各々が彼女の心を各々の感性で感じる映画ですね。
ソフィア・コッポラさん、とても素晴らしい監督だと思いました。
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